▼[私の選んだ一品] p88-91
GD新書02, 2003より
9坪ハウス
9坪ハウスは、建築家増沢洵が一九五一年につくった自邸を、コムデザインの岡崎泰之、デザイナーの小泉誠を中心としたチームが、広く一般に販売することを前提にした商品として、リメイクしたものである。増沢洵の自邸は、「戦後小住宅」としてくくられる、一九五〇年代初期の一連モダニズムの住宅のひとつである。その時代には確かに存在し、しかし僕らの時代の住宅が失ってしまったものとはなんだろうか。ひとつは小ささ。小ささ自身が価値であり、美徳であり、哲学である。もうひとつは物づくりのリアリティー。かわいた言葉で言い換えれば、施工技術、工法、ディテールなどに相当する部分を建築家が自分自身の頭と手でゼロから考え、様々な実験を繰り返し、やっとのことで実現にこぎつけた産物が、これらの「戦後小住宅」であった。
この住宅群を否定し、葬り去ったのは磯崎新と篠原一男という二人の建築家だった。と、僕はにらんでいる。磯崎は一九五八年に「小住宅設計バンザイ」を書き、「こんな小さなモノにこだわっていると建築家は世の中から取り残されるよ!」と皮肉たっぷりに指摘した。庶民のための住宅なんてものは、いずれ大企業がガンガン売るようになるというわけである。一方、篠原は、「ものづくりのリアリティー」なんかは、建築家の自己満足だと言わんばかりに、リアリティーの部分をきれいさっぱりと消去した写真写りのいい抽象空間を提示し、建築ジャーナリズムを席捲した。磯崎も篠原も、「戦後小住宅」はマス(大衆)に対応できないと宣言して葬り去ったのである。
マスは、彼らが予想したようにリアリティーではなく、マーケティングと抽象を選択した。
しかし、そこで失われたものは大きい。9坪ハウスは「戦後小住宅」の50年後のリベンジである。岡崎はインターネット的な情報環境を駆使することで、磯崎の指摘に答えようとしている。小泉のデザインは、篠原の抽象化にも負けない質を空間に与えた。しかも、増沢の住宅のかけがえのない美点である小ささやリアリティは少しも失われていない。いわば、9坪ハウスはマスに対応すべくバージョンアップされた「戦後小住宅」なのである。このちっぽけな住宅は50年の空白を埋めるだけの力を持っている。